地域紹介


黒部川神社 
 昭和9年の大洪水から愛本堰堤を守ってくれた神の力に感謝し、将来の安全と下流一帯の繁栄を祈るために、昭和14年に建てられました。

 右岸に本殿、左岸に鳥居があり境内を黒部川が流れる独特なつくりになっています。

頼三樹三郎漢詩碑 
 幕末の儒学者で尊王攘夷の志士でもあった頼三樹三郎が、旅の途中この地に立ち寄った時、黒部川の激流と愛本橋の美しさに感動して詠んだ漢詩が刻まれています。

石動彦社 
 県道の途中、山側に長く続く階段とその先に鳥居が見えます。階段を登りきった境内の展望台から黒部川の川筋や扇状地などが望めます。

農村文化伝承館山本家 
 江戸時代後期の様式で、豪農の住宅でした。納屋門の腰板に山岡鉄舟の墨蹟が見られます。

懐かしい生活用品、農機具が展示され、囲炉裏やかまどを使った自炊体験や宿泊もできます。

千光寺 
 約1200年前に行基菩薩により開基されたと伝えられる古刹で、秘仏の本尊「薬師如来立像」は33年に1度開帳されます。

「阿弥陀如来立像」は市指定文化財です。

境内に「ぼけ封じ白寿観音」、かつて養蚕が行われていた名残りの「蚕の宮」が祀られています。

法福寺 
 約1200年前、幻識大和上の創建と伝えられています。本尊は十一面観音で、奈良の仏師春日の作といわれています。かつては七堂伽藍、十六坊が立ち並んでいましたが上杉軍の兵火で焼失したといわれます。江戸時代、加賀藩の祈祷寺となり、篤い庇護を受けまし
た。

明日の稚児舞

 国の重要無形民俗文化財に指定されている「明日の稚児舞」は、毎年4月第3日曜日に催される法福寺の観音会に奉納される古式ゆかしい舞です。
江戸中期以前からの舞いが、今も地元の子供たちにより受け継がれています。

明日の大桜

 明日の大桜は法福寺境内にある樹齢400年以上といわれるエドヒガンザクラの老樹で、県の天然記念物に指定されています。

樹高約13m幹回り5mの枝ぶりと樹幹が見事で満開のころはその樹勢に圧倒されます。
ライトアップされる夜桜も趣があります。

どやまらんど 
 バンガローやテントサイト、トイレ、炊事場、バーベキュー広場やファイアー広場、グラススキー場などの施設もあります。

黒部川扇状地を見渡せる絶好の地にあり、水田に映る夕焼けや満天の星空がお勧めです。

愛本新御前林の松 
 江戸時代に、愛本刎橋が架けられ北陸道の上街道(夏街道)が整備された際、この街道沿いに多くの松の木が植えられ、「御前林」「往還松」「丁松」「殿様松」などと呼ばれる松並木がありました。

愛本新用水天満宮
 寛政年間には雲雀野一帯は水がなく、まったくの荒野でしたが、当時の十村役伊東彦四郎が、加賀藩11代藩主前田治脩公に建言し享和2年 (1802)、三里に及ぶ用水が完成し約四百町歩が美田化されました。
 前田治脩公と伊東彦四郎の両氏が奉られています。

松明祭

 愛本新で10月5日に行われる奇祭の松明祭は黒部市無形民俗文化財。

 念願の水が通り、村民はタイマツをかざし、水の流れを追って貫通を祝いました。それ以来、毎年用水完成日に治修公の遺徳をしのぶならわしとなりました。長さ4ⅿ、重さ450キロの大タイマツ2基を担いで練り歩きます。

愛本新遺跡 
 県指定史跡。大正時代に発見された縄文時代中期から晩期にかけての大遺跡です。

 石器の製作技法の復元ができる資料等が出土し、集石遺構の中より磨製石斧製作の加工途中のものや工具などが見つかりました。
出土品の一部はうなづき友学館に展示されています。

風野遺跡 
 舟見野台地西南端、俗称風野に位置します。昭和13年に発見された縄文時代中期~晩期の遺跡。

 主な出土品に縄文土器、土偶、蛇紋岩やヒスイの原石等があります。大型石棒、石棒、独鈷石、石冠などの祭祀用具が出土し、製作もしている特色があります。

中ノ口緑地公園 
 黒部川右岸の河川敷にあるスポーツも遊びも楽しめる広々とした総合公園。県内アーチェリー種目の拠点でもあり、テニスコート・軟式野球場・運動広場・こども広場他の施設があります。

 周辺の景観にも恵まれ、植物・昆虫・野鳥も多く、自然観察にも好適です。